現在確認できる日本最古の水田跡が発見された菜畑遺跡
佐賀県唐津市にある菜畑遺跡は、縄文時代末期に日本で一番最初に水田で米作りが行われた遺跡です。唐津市街地の緩やかな斜面に立地する菜畑遺跡は、昭和55年〜56年にかけて唐津市教育委員会によって実施され、住居跡・甕棺墓・水田跡・井堰・貝塚などが発見されました。この時発見された遺構は、縄文時代前期から弥生時代中期にかけてのものと確認され、水田跡は縄文時代末期から弥生時代中期にかけて数期にわたって変遷したものであることが判明します。これにより稲作は日本列島に広まった弥生時代以前にも行われていたことが明らかになり、菜畑遺跡は現在確認できる日本の水田跡で、最古のものとなっています。今回は我が国の稲作の歴史が垣間見える菜畑遺跡について掘り下げていきます。

復元された菜畑遺跡の水田と用水路
稲作文化の発展の一端を見ることが出来る菜畑遺跡
菜畑遺跡はこれまでに、約2500~2600年前の縄文時代晩期のものとされる炭化した米や稲穂を摘み取る石包丁、木の鍬・えぶりなどの農具、20~30㎡の面積に区切られた水田跡などが発見されています。こうした点を踏まえると、縄文時代には大陸で稲作を行っていた集団が先進的な稲作技術とともに日本に渡来し、灌漑による水田稲作が行われていたと考えられます。菜畑遺跡をはじめとする九州北部に伝来した水稲稲作技術は、その後の弥生時代になって急速に日本列島の東へと伝播していき、稲作による文化が発展します。菜畑遺跡は、縄文・弥生時代の複合遺跡であり、稲作文化の発展の一端を見ることができる貴重な遺産でもあります。

甕棺
朝鮮半島の遺跡と出土品が類似する菜畑遺跡
現在までのところ世界最古の水田遺跡は中国の長江下流にある河姆渡(かもと)遺跡といわれています。そこから日本へ稲作の技術が伝わるのですが、稲作伝来に関しては中国から直接入ってきた説、鹿児島を経由して菜畑に入ってきた説、朝鮮半島を経由して入った説など諸説あります。現在では、菜畑遺跡で出土した農具が朝鮮半島の遺跡から出土したものとよく似ていることから朝鮮半島を経由して稲作が伝来したのではないかという見方が有力になっています。しかしながら菜畑遺跡よりも古い時代に原始的稲作が行われていた可能性もあり、それらの稲作は、朝鮮半島以外のルートで伝わったという説も否定できません。今後の学術調査に期待されます。

赤米の展示
狩猟採集の遺物が多数出土されている菜畑遺跡
縄文時代前期から弥生時代中期までの遺物が出土されている菜畑遺跡は、多数の土器の他に、石器、木製農耕具、漁具、容器、装身具などがあり、また自然遺物も数多く確認されています。本格的な水田稲作が始まる前であった縄文時代前期は、狩猟採集の生活でした。出土した種や花粉分析の結果、ヤマイモ、カシ、クリ、ノブドウ、ワラビなどを採って食べていました。また狩りの際に矢の先に装着されていた黒曜石の石鏃が大量に出土され、漁撈の際に使われた釣り針、モリなどの漁具や網目の痕のついた土器も見つかっています。

竪穴住居と支石墓
本格的な稲作が、人々の生活に変化をもたらす
灌漑による水稲稲作が本格的になると、人々は竪穴式住居に定住するようになりました。住居の周りにブタを飼い、灌漑に適さない丘には畑をつくり、アワやオオムギなどの雑穀、アズキなどの豆類、その他ゴボウ、ヒョウタン、メロンなどを耕作します。こうして米などの保存できる作物を収穫できるようになると、これらの食料を保管しておくための高床式倉庫が造られました。また稲作のまつりが行われるようになり、ブタの骨や彩文土器、漆器や弓を飾り、五穀豊穣を祈っていたと考えられています。

末盧館内にある竪穴式住居のジオラマ
菜畑遺跡を紹介する施設「末盧館」
日本最古の水田跡や土器・石器などの貴重な遺構・遺物が発見された菜畑遺跡は、昭和58年に国の史跡に指定され、平成2年には高床式倉庫をイメージした建物の「末盧館」が開設されました。末盧館は菜畑遺跡を紹介するための施設で、出土された炭化米や石包丁、農具、家畜として飼われていたブタの骨などの貴重な遺物を展示しています。館内には、当時の人々の生活の様子を詳しく説明したジオラマやビデオなどによる展示もあり、菜畑遺跡の概要を良く理解することができます。また末廬館に隣接した屋外では、水田や竪穴式住居、縄文の森などが復元されています。これらの水田や縄文の森では、古代米の栽培や発掘調査で発見された種子などを参考にして、樹木が植えられています。
自然と向き合いながら豊かな文化を生み出した菜畑遺跡
菜畑遺跡の水田跡は、末盧館の入口付近の地下に今も残っています。現在の田んぼと比べればとても小さい規模になりますが、しっかりとした用水路が整備され、水田の周辺には「矢板」と「杭」を打ち込んで水漏れを防ぐなどの工夫が施されていました。研究者の間では日本の初期の水稲耕作は、湿地に直接種籾を播いた粗雑なものであったという見解が有力でした。しかしこの菜畑遺跡の水田遺構の発見で、そのような見解は見事なまでに覆りました。また発掘調査や学術研究を進めていくと、当時の人々は唐津の自然環境と向き合いながら、豊かで充実した文化を作り上げていったことがわかっていきました。まだまだ解明されていないところも多くありますが、日本の稲作や農村社会が発展していく過程を知る上では、菜畑遺跡はとても重要な遺跡であると言えると思います。みなさんも菜畑遺跡を訪れてみてはいかがでしょうか。
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