聖武天皇の鎮護国家の願いのもと国家プロジェクトで建てられた巨大な寺、この世を照らす盧舎那仏の大仏などたくさんの文化財が詰まった東大寺

スポンサーリンク
仏教

貴重な文化財がたくさんある東大寺

奈良県奈良市にある東大寺は、奈良時代に仏の加護により国家を鎮護しようとした聖武天皇の発願で建立されたお寺です。東大寺は大仏殿に安置する「奈良の大仏さま」が有名で、多くの人々が参拝に訪れています。751年に大仏殿が完成し、翌年には盛大な大仏開眼供養が行われた東大寺は、現在に至るまで、戦による2度の火災に遭いながらも、そのつど再建しており、現在の大仏殿は江戸時代の1709年に建てられたものになります。大仏殿の他にも貴重な宝物を納めた正倉院や、鎌倉時代に建てられた南大門、江戸時代に建てられお水取りで有名な二月堂など、広大な境内には国宝に指定された建物が9つあるなど東大寺には、貴重な文化財がたくさんあります。日本を代表するお寺の一つと言っていいでしょう。今回は聖武天皇から続く歴史に触れながら、今も多くの人々から親しまれている東大寺について掘り下げていきます。

東大寺の大仏

国分寺の総本山として東大寺を建立

724年に即位した聖武天皇の時代は、地震などの自然災害、疫病、長屋王の変・藤原広嗣の乱などの政情不安などが重なり、社会不安が広がりました。聖武天皇はこうした社会不安が渦巻く国家を、仏教の教えを中心にして守っていこうとします。741年には国分寺・国分尼寺の建立の詔を出し、古代の地方行政区分である国ごとに寺を建立しました。その後、僧の良弁が聖武天皇に進言したこともあって、国分寺の総本山にあたる東大寺を建立し、大仏を造立することになりました。最初は紫香楽宮で造営が始まりましたが、都が再び平城京に戻ったことに伴い、新たに大和国の国分寺である金光明寺に造営し、その本尊として大仏を作ることになりました。

東大寺南大門

当時の人口の約半数が大仏造立に関わる

聖武天皇は、建築・河川の整備・福祉・医療など人々が安心して暮らせるような政治を行いました。大仏造立という国家のビックプロジェクトを推し進めたことも、社会不安で人々の乱れた心を一つにしたいという聖武天皇の思いからでした。そして国家だけでなく、広く民衆の協力を得るために、当時、多くの人々から支持を得ていた僧の行基に依頼します。行基は全国をまわって大仏造立の意味を説き、物資や人手を集めました。文献によると、人夫や材料の提供などで協力した人数は約260万人と記されていますので、当時の人口の約半数が大仏造立に協力したことになります。また使用された銅約240トン、錬金約4千トンと、当時の工業生産から考えても莫大な量をつぎ込みました。大仏造立という官民挙げて取り組んだ国家のビックプロジェクトは、752年に完成しました。

東大寺境内の鹿

生きるものすべてを「あまねく照らす」東大寺の大仏

東大寺の大仏の正式な名称は毘盧舎那仏といい、サンスクリット名ではバイロチャーナ「あまねく照らす」という意味があります。この世の生きるものすべての永遠の幸福と繁栄を与える仏であると考えられています。見上げる高さは約14.7mあり、ビルの5階に相当します。頭部は江戸時代、体部は鎌倉時代の補修によるものですが、台座、右の脇腹、両腕から垂れ下がる袖、大腿部などは奈良時代当時のものも残っています。特に台座は蓮の花弁で包まれ、清らかな仏の国「蓮華蔵世界」を、驚くほど精密な線で豊かに表現しています。大仏が鎮座する大仏殿の前には、国宝の金銅八角灯籠があります。大仏開眼供養会に合わせて造立されたと考えられ、自然災害や戦火などの災難を乗り越えて現在の我々に、奈良時代当時の姿を見せています。

東大寺大仏殿の廣目天

莫大な労力と費用を費やした東大寺の復興

東大寺の大仏は2度の戦火にあっており、1度目の戦火は1181年に平氏政権が行った南都焼き討ちでした。この火災で正倉院以外の主要な伽藍を失ってしまいますが、後白河法皇を中心に再建に取り掛かり、源頼朝の協力もあって復興が果たされました。この再建事業で、東大寺では多くの仏像が造られ、中でも東大寺南大門にある運慶・快慶が造った金剛力士像は鎌倉時代を代表する仏教芸術となりました。2度目の戦火は戦国時代の戦によるものでした。松永久秀は大仏殿に陣を構えている三好勢に夜討ちをかけ、大仏殿や多くの建物が焼失し、大仏は溶けてしまいます。その後江戸幕府の主導で莫大な労力や費用を費やして復興が成し遂げられました。現代の我々が見ている大仏様は、1708年に江戸時代の東大寺復興事業によって、完成したものになります。

様々な時代の文化財が詰まった東大寺

東大寺大仏殿から鐘楼の横を通りゆるい階段を登っていくと二月堂があります。名前の由来でもある旧暦2月に行われるお水取りは、752年から途切れず行われています。美しく燃え上がる炎と舞い散る火の粉は、奈良に春の訪れを告げます。また高い場所にある二月堂からは、奈良の街を見渡す眺望が満喫できます。広大な境内には他にも聖武天皇遺愛の宝物を納めた正倉院など多数の貴重な建物があります。戦乱によって破壊と復興を繰り返し、様々な時代の芸術作品のある東大寺は、太平洋戦争での大規模な空襲を受けることがなかったので、文化財の被害を免れました。平成10年にはユネスコの世界文化遺産にも登録され、東大寺は国内外を問わず多くの人々が訪れる日本の代表的な観光地となっています。皆さんも様々な時代の文化財がぎっしり詰まった東大寺を、訪れてみてはいかがでしょうか。

コメント

タイトルとURLをコピーしました