訪れる人びとに神秘的な世界を見せる上色見熊野座神社
熊本県高森町にある上色見熊野座神社は、阿蘇が開拓された黎明期の磐信仰と修験者がもたらした熊野信仰が結び付いた神社です。本殿のさらに奥にある穿戸岩をご神体とする上色見熊野座神社は、「穿戸権現 熊野宮」とも呼ばれています。地元では、「権現さん」として親しまれている上色見熊野座神社は、ほとんど人の手つかずの苔むした杉林の中にあり、神秘的な美しさに包まれています。また最近ではアニメ映画「蛍火の杜へ」の舞台となったことで、上色見熊野座神社の神秘的な雰囲気が話題となり、国内外から多くの人々が訪れる人気スポットとなっています。今回は阿蘇開拓黎明期にまつわる伝承と熊野信仰が融合し、現在を生きる我々に、神秘的な世界を見せる上色見熊野座神社について迫っていきます。
阿蘇の大自然に抱かれた場所に鎮座する上色見熊野座神社
上色見熊野座神社のある高森町色見地区は、阿蘇カルデラの南外輪山の内側にあり、阿蘇五岳の高岳と根子岳の裾野に位置します。広大な高原があり、牧畜や畑作などの農業が盛んです。また、キャンプ場や別荘もあり、阿蘇の大自然に魅せられて、多くの人々が訪れます。そんな阿蘇の大自然に抱かれた場所に鎮座する上色見熊野座神社は、手つかずの自然が多く残る標高670mの月形山の麓にあります。月形山の麓を走る道路から約300mの階段の参道を登ると社殿があり、そこから山道を登ると穿戸岩があります。この穿戸岩までに至る参道は、多くの杉の木に囲まれていることもあり、そこから差し込む日の光は、神々しさを感じます。
古くからの伝承があり、信仰されている穿戸岩
穿戸岩は、はっきりとはわかりませんが相当古くから信仰があったのではないかといわれています。穿戸岩には次のような神話があります。阿蘇を開拓した阿蘇大神である健磐龍命は、阿蘇山頂から弓を飛ばして家来の鬼八に拾わせていました。鬼八は、その矢を毎回拾うのを面倒に思い、100本目の弓矢を足の指に挟んで投げ返します。これに怒った健磐龍命は、鬼八を追いかけます。そして穿戸岩まで追い込まれた鬼八は、岩壁を思いっきり蹴破ると岩穴ができ、その岩穴から逃げたとされています。鬼八は高千穂で殺されてしまうという悲劇的な結末を向かえ、鬼八の霊は怨霊となりました。鬼八の怨霊は、霜を降らせ作物に害を及ぼすようになります。困った健磐龍命は、霜宮を建てて鬼八の霊を祀り、霜を降らさないように頼むと、霜の被害は出なくなったと伝えられています。このような鬼八にまつわる伝承のある穿戸岩は、古くより尊い磐、稀有な岩穴として信仰されていたと思われます。
熊野から熊野三山の神々を勧請した上色見熊野座神社
上色見熊野座神社の創建ははっきりとしていませんが、修験者が山嶽信仰と岩石信仰を結びつけ創建したのではないかといわれています。熊野三山の伊弉諾命と伊弉冉命の二柱を熊野から勧請し、祀ったのが始まりとされており、熊野信仰が阿蘇でも盛んになった鎌倉時代後半には、上色見熊野座神社があったといわれています。古代からの信仰の歴史がある穿戸岩に加え、山々で修行をする修験者が好みそうな神秘的な空間が上色見熊野座神社にはあります。そして、この上色見熊野座神社は、熊野から勧請した二柱の他に、阿蘇を開拓した神である健磐龍命の荒魂といわれている石君大将軍も祀られています。かつて怒って追い回した鬼八が開けた穴を見上げるように健磐龍命の荒魂である石君大将軍が、熊野三山の神とともに鎮座している上色見熊野座神社。境内には、神々の伝承された世界が展開しています。
時代とともに変化していった上色見熊野座神社
古来より穿戸岩が崇められ、熊野から熊野三山の神を勧請して、神々が鎮座する聖域となった上色見熊野座神社。神社のある地域である南郷の総鎮守として祭祀されてきました。そんな上色見熊野座神社ですが、戦国時代の戦乱で焼失してしまい、廃退していた時期もありました。現在の社殿は、江戸時代中期の1722年に建てられたものになります。その後、参道に続く灯籠や鳥居が建立されました。現在は100基近くの石灯籠が参道に並び、訪れる人を圧倒させます。この石灯籠は地元にあった後藤漬物が、昭和30年以降に年々奉納してきたもので、この年々行ってきたことが積み重なって現在のような石灯籠の景観を生み出しました。平成23年にアニメ化された「蛍火の社へ」では、登場する山神の森の中にある神社のモデルに上色見熊野座神社がモデルにされたといわれており、ファンが聖地巡礼として訪れる観光スポットにもなりました。
阿蘇の大自然を土台に壮大な神々の世界が展開する上色見熊野座神社
国道265号線沿いにある上色見熊野座神社の鳥居をくぐると、社殿まで続く石灯籠が並ぶ参道と奥深くまで広がる杉林が広がります。石段の参道を進んでいくと、緑がだんだん深まっていき、直射日光が差し込まない神秘的な空間と静寂が、日常の喧騒を忘れさせてくれます。境内にある御神木の梛の木は、熊野三山の御神木でもあり、その葉は葉脈がなく横に引きちぎろうとしてもなかなか切れないことから「男女の縁」が切れない縁結びのご利益があるとされています。280段もある参道の階段を登りきったところにある社殿は、造りは簡素ではあるものの、数々の神々が鎮座する鎮守としての堂々とした風格を、感じることができます。社殿の背部には古代から信仰が続けられてきたであろう穿戸岩があり、阿蘇の大自然を土台にして壮大な神々の世界を昔の人々は、抱いていたのであろうとしみじみと感じるところもありました。皆さんも上色見熊野座神社を訪れてみて、その素晴らしさを感じてみてはいかがでしょうか。
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